2019年12月 のアーカイブ

国際イスラム大学日本語研修施設の開所式に出席、古都マラッカを訪問、大使主催の夕食会に出席

2019年12月23日 月曜日

本日は、午前8時半にクアラルンプールのホテルを出発し、約3時間をかけて国際イスラム大学に向かいました。

途中のサービスエリアでは、公共のお祈りの施設を見学したり、様々なお店を見て歩きました。道路などのインフラが整っていることを感じました。


午前11時半に、国際イスラム大学に到着し、ズルキフリ・ハサン副学長にご挨拶を申し上げ、地元飯田市の水引で作られた「宝船」の額をお贈りしました。

午前11時45分からは、国際イスラム大学日本語研修施設の開所式に出席しました。

この日本語研修施設は、外務省の「草の根文化無償資金協力」と、日系企業や日本マレーシア協会などの9団体からの図書や教材などの寄贈によって完成したものです。

式典で、私からは、内閣府副大臣ならびに日本マレーシア協会の古屋圭司会長の代理として、さらに日本マレーシア友好議員連盟事務局長としてお祝いのご挨拶を申し上げました。

さらに、古屋圭司会長からのお祝いのメッセージの代読もさせて頂きました。

開所式では、日本マレーシア協会に対する感謝状も頂きました。

式典終了後には、式典出席者全員での記念撮影が行われました。

つぎに、日本語研修施設を見学しました。テープカットをさせて頂いた後に、日本語を学んでいる学生の皆様から日本語での発表をお聞きしたり、日本語の教材や贈られた日本に関する図書を拝見したりしました。さらに、学生の皆様と一緒に記念撮影をしました。

昼食懇談会では、食事をいただきながら、副学長先生から大学における取り組みや日本との協力のあり方など、様々なお話を伺うことが出来ました。

日本とマレーシアの絆の大切さや、これからの両国の友好発展の可能性を感じた式典でした。


午後には、クアラルンプールに戻る途中に、短時間でしたが、ユネスコ世界文化遺産に登録されている古都マラッカを訪問しました。

15世期にマラッカ王国が誕生し、その後ポルトガル、オランダ、イギリスに支配されながら独特の文化が生まれた場所であり、様々な歴史的建築物を見ることが出来ました。

夜には、大使公邸で岡浩大使の主催による夕食会に出席しました。

夕食会には、日本マレーシア協会の小川理事長と森林理事、紀伊國屋ブックストア・クアラルンプールの里見幸一郎支配人も出席され、皆様から様々なお話を伺うことが出来ました。

とても楽しく、有意義な夕食会でした。


(朝、ホテルの部屋から撮影した風景です。立ち並ぶ高層ビルと多くの工事現場が見え、発展するマレーシアを象徴するような光景だと感じました。)


(国際イスラム大学に向かう途中のサービスエリアで撮影した高速道路の写真です。三車線+緊急用の車線が上下線に整備された立派な道路でした。)

(サービスエリアには様々なお店が並び、果物も売られていました。)

(食事中の猿もいました。)

(国際イスラム大学のキャンパスの様子です。)

(はじめにズルキフリ・ハサン副学長にお会いしてご挨拶を申し上げました。)

(私から地元の飯田水引でつくられた「宝船」の額をお贈りしました。)

(国際イスラム日本語研修施設開所式の様子です。)

(私からお祝いのご挨拶を申し上げているところです。)

(日本マレーシア協会に対する感謝状と記念品を頂きました。)

(開所式の最後に全員で記念撮影を行ないました。)

(日本語研修施設でのテープカットをさせて頂きました。)

(言語クラブの学生さんが活動内容について日本語で発表をして下さいました。)

(日本語で発表をしてくださったお二人と記念撮影をしました。)

(中央は、日本語教育を担当されている渡辺かおり先生です。)

(日本語教育用の教科書です。)

(中級の教科書は、かなり高度な内容だと感じました。)

(日本語教室での記念写真です。)

(昼食懇談会の風景です。)

(オランダ時代に建てられたマラッカキリスト教会の前での記念写真です。)

(様々な可愛いデコレーションの観光自転車が並んでいました。)

(街中を観光客を乗せて走る自転車です。)

(ボルトガル人の総督によって建てられたカトリック協会であるセントポール教会跡です。)

(教会前での記念写真です。)

(ここは、オランダ時代に屋根を取り外し、要塞としても使われたそうです。)

(ポルトガルによってつくられたサンチャゴ砦の前での記念撮影です。)

(以前にマラッカクラブというイギリス人社交クラブとして使われていた建物で、現在は独立記念館となっています。)

(独立記念館の近くには美しい花が咲いていました。)

(ユニークな形をしたマラッカ海峡モスクをバックに記念撮影をしました。)

(同行してくださった皆様との記念写真です。)

(モスクの近くには、可憐な白い花がたくさん咲いていました。)

(大使公邸でゲストブックに記帳しているところです。)

(夕食会の前に皆様と懇談をしているところです。)

(夕食会の様子です。)

(岡大使にも飯田水引の額をお贈りしました。)

(夕食会に出席された皆様との記念写真です。)

成田空港を出発、マレーシアのクアラルンプール空港に向かいました。

2019年12月22日 日曜日

12月22日は、マレーシアとインドネシアへの出張のため、成田空港を午後5時過ぎに出発し、マレーシアのクアラルンプール空港には現地時間の午前0時過ぎ、日本時間の午前1時過ぎに到着しました。

明日は、日本マレーシア友好議員連盟事務局長として、国際イスラム大学日本語リスニングルーム完成式典に出席する予定です。

(成田空港のラウンジで、出発前に同行スタッフの皆さんと撮影した写真です。)


(クアラルンプール空港で、お出迎えいただいた日本大使館の皆様とマハティール首相の写真の前で記念撮影をしました。)

金融庁幹部と記念撮影、信州大学濱田学長来訪、月例経済報告関係閣僚会議に出席、内閣府の幹部、地元スタッフと記念撮影

2019年12月20日 金曜日

12月20日は、私が来週海外出張で不在となることを踏まえ、午後1時に金融庁幹部の皆さんが年末のご挨拶に来られました。私からお世話になった御礼を申し上げ、来年も一層のご支援を頂くことをお願いし、記念撮影をさせて頂きました。

午後2時には、信州大学の濱田州博学長がお見えになり、「信州大学の地方創生に向けた取組」についてのお話を伺うとともに、高等教育の新たな修学支援制度や大学の研究者の働き方改革の課題や電子ジャーナル高騰への支援の必要性などについてのご指摘を頂きました。

信州大学は、産学官連携の様々な取り組みを進めており、これらが評価されて「日経グローカル」の大学地域貢献度ランキングで1位を獲得されています。これからも、地方創生の原動力としてさらなる活動をお願いしたいと思います。


午後4時半には、首相官邸において「月例経済報告等に関する関係閣僚会議」に出席しました。

経済状況について内閣府の西村康稔大臣と日本銀行の若田部昌澄副総裁から説明がありました。

12月の我が国経済の基調判断として、現状については「景気は、輸出が引き続き弱含むなかで、製造業を中心に弱さが一段と増しているものの、緩やかに回復している」としています。

また、先行きについては「当面、弱さが残るものの、雇用・所得環境の改善が続くなかで、各種政策の効果もあって、緩やかな回復が続くことが期待される。ただし、通商問題を巡る動向、中国経済の先行き、英国のEU離脱等の海外経済の動向や金融資本市場の変動の影響に加え、消費税率引上げ後の消費者マインドの動向に留意する必要がある」としています。


午後5時には、私の伊那本部事務所スタッフが内閣府副大臣を見学に来ました。一緒に記念撮影を行いました。

午後5時半には、内閣府幹部の皆さんが年末のご挨拶に来られました。私からもお世話になったことに感謝を申し上げ、記念撮影をさせて頂きました。


(金融庁幹部の皆さんとの記念写真です。)


(信州大学の濱田州博学長から様々なお話を伺うことが出来ました。)


(月例経済報告等に関する関係閣僚会議で総理が発言されているところです。)


(伊那本部事務所スタッフとの内閣府副大臣室での記念写真です。)


(内閣府次官ほか大臣官房幹部の皆さんとの記念写真です。)


(内閣府経済財政部局幹部の皆さんとの記念写真です。)


(内閣官房の幹部の皆さんとの記念写真です。)

日銀 金融政策決定会合、タクシー・ハイヤー議連総会、全世代型社会保障検討会議、経済財政諮問会議、ウズベキスタン共和国大統領総理主催晩餐会に出席しました

2019年12月19日 木曜日

12月19日は、午前9時から遠山清彦財務副大臣とともに「日銀・金融政策決定会合」に出席しました。

私は、内閣府を代表し、景気認識等と政府の取組等について発言を行いました。

約2時間半の会合の結果、長短金利操作と資産買い入れに関する現行の金融政策は変更なし、景気判断も現状維持となりました。


午後1時からは「タクシー・ハイヤー議員連盟総会」に議連副会長の立場で出席しました。

本日は、国土交通省より来年2月に実施予定の運賃改定について、および令和元年度補正予算でのタクシー設備投資支援予算などについて説明を受け、質疑を行いました。


午後4時からは「全世代型社会保障検討会議」に出席しました。

会議では、全世代型社会保障検討会議中間報告(案)について議論が行われました。

本日の議論を踏まえ、総理は次のように発言されました。

「本年9月に本検討会議を設置し、全世代型社会保障の在り方について検討を進めてまいりました。

ライフスタイルが多様となる中で、高齢者についての画一的な捉え方を変え、高齢者だけでなく、子供たち、子育て世代、さらには現役世代まで広く安心を支えていくため、働き方を含めた社会保障全般にわたる改革を検討してきました。

本日の中間報告は、本検討会議における現時点での検討成果について、中間的な整理を行ったものであります。

年金については、働き方の形態にかかわらず充実した社会保障制度を整備する必要があります。
このため、厚生年金の適用範囲を、50人を超える企業の規模まで拡大することとします。スケジュールについては、2022年10月に100人を超える規模まで、さらに、2024年10月に50人を超える規模まで、拡大することを基本とします。この際、中小企業・小規模事業者の皆さんの生産性向上支援などへの配慮を図ってまいります。
そのほか、受給開始時期の選択肢を75歳まで引き上げるとともに、60歳から64歳に支給される在職老齢年金について見直しを行います。

労働については、70歳までの就業機会確保について、事業者に努力を求める法案を次期通常国会に提出します。この際、個々の労働者の多様性を踏まえることとします。

医療については、団塊の世代が2022年には75歳以上の高齢者となります。現役世代の負担が大きく上昇することが想定されます。
元気で意欲ある高齢者が生涯現役で活躍できる社会をつくる中で、75歳以上の高齢者であっても、一定所得以上の方については、その医療費の窓口負担割合を2割とし、現役世代の負担上昇を抑えながら、全ての世代が安心できる制度を構築することとします。

最終報告に向けて、高齢者の実態を踏まえて、具体的な所得基準とともに、長期にわたり頻繁な受診が必要な患者の方々の影響を見極め適切な配慮を行うことについて、検討を行うこととします。
そして、外来受診時定額負担については、外来機能の明確化とかかりつけ医機能の強化を図る観点から、他の医療機関からの紹介状なしで大病院を外来受診した場合に定額負担を求める制度について、対象病院を病床数200床以上の病院に拡大し、支払額を増額します。そして、増額分について新たに公的医療保険に繰り入れるよう改めることで、現役世代の負担上昇を抑えていくことといたします。

来年夏の最終報告に向けて、与党の意見を聞きつつ、検討を深めていきますので、西村全世代型社会保障改革担当大臣を始め、関係大臣においては、さらに具体的な検討を進めていただきますようにお願い申し上げます。」


午後5時からは「経済財政諮問会議」に出席しました。

会議では、新経済・財政再生計画改革工程表の改定及び令和2年度の経済見通しについて議論が行われました。

総理は、本日の議論を踏まえ、次のように発言されました。

「本日はまず、新経済・財政再生計画改革工程表2019を決定いたしました。経済再生なくして、財政健全化なし。西村経済財政政策担当大臣におかれては、経済・財政一体改革の舵(かじ)取り役として、引き続きこの改革工程表を変えずに改革を力強く推進していただきたいと思います。

また、関係閣僚におかれては、この改革工程表に沿って、見える化や先進優良事例の全国展開等を引き続き加速、拡大しつつ、着実に改革を実行していただきたいと思います。

今年は令和の時代の幕開けでありましたが、来年はいよいよオリンピック・パラリンピックが開催されます。

新しい時代への躍動感あふれる中で、新しい国づくりを力強く進めていく。そのためにも、総合経済対策の着実な実施はもとより、より安心できる社会、持続的な経済成長の実現に向けて一層の努力をしていく必要があります。

経済財政諮問会議では、そうした安倍内閣の政策運営の先導役となるべく、来年もさらに活発な御議論をお願いしたいと思います。

改めてこの1年間、精力的に御審議をいただいた皆様に御礼申し上げますとともに、来年もよろしくお願い申し上げます。」


午後7時半からは、首相公邸においてウズベキスタン共和国のミルジヨーエフ大統領をお迎えして開催された安倍総理夫妻主催の晩餐会に西村康稔大臣の代理として出席しました。

晩餐会では、ウズベキスタン共和国最高議会下院議員のサイードフ・アクマル・ホルマートヴィチ先生と、フサーノフ・ノジム・バフチヤーロヴィチ雇用・労働関係大臣から様々なお話を伺うことが出来ました。

ウズベキスタンはシルクロードの中心部にある国ですが、奈良の正倉院には当時の中央アジアからもたらされた宝物が保存されており、古くから日本とのつながりを持っていたことがわかります。

また、第二次世界大戦後にソ連によって抑留された日本人のうち、約2500人がウズベク共和国に移送され、812名(約3パーセント)の方が亡くなられましたが、その比率は他の地域での抑留者に比べ、圧倒的に少ないとのこと。

抑留された日本人は、厳しい労働環境の中でも与えられた仕事に全力を尽くし、その姿は当時のウズベク市民に大きな感銘を与えたそうです。

市民のその思いは現在も受け継がれ、全国13か所にある日本人墓地は現在まで大切に維持・管理されています。

また、日本人抑留者約500人が建設に従事した「アリシェナール・ナボイ名称劇場」は1947年に完成しましたが、1966年のタシケント大地震でほかの建物が全て倒壊する中でも、その堂々たる姿を保ち、日本人抑留者の仕事の確かさが改めて賞賛されたとのことです。

日本政府は、ナボイ劇場に対し、文化無償協力により音響・照明機材等を2度にわたって支援し、2015年10月にウズベキスタンを公式訪問した安倍総理夫妻は改修の終了を記念するコンサートを鑑賞されたそうです。

本日の晩餐会終了時には、ミルジヨーエフ大統領から安倍総理大臣に対し、このナボイ劇場の模型が贈られました。模型の銘板には、日本語で「最上の敬意を込めて ウズベキスタン共和国大統領 シャフカット・ミルジヨーエフ」と刻まれていました。

日本とウズベキスタンとの様々なご縁を知ることが出来た素晴らしい晩餐会でした。


(日銀・金融政策決定会合の終了後に、日銀の玄関前で遠山清彦財務副大臣と記念撮影をしました。)


(タクシー・ハイヤー議員連盟の渡辺博道会長のご挨拶です。)


(全世代型社会保障検討会議で安倍総理が発言されているところです。)


(経済財政諮問会議で安倍総理が発言されているところです。)


(ミルジヨーエフ大統領から安倍総理大臣にナボイ劇場の模型が贈られた際にお二人は固い握手を交わされました。)


(大統領から安倍総理に贈られたナボイ劇場の模型です。)