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奪還の会で福島県の被災地で支援活動(1日目)

2011年3月25日

昼過ぎに党本部に集合し、靴、靴下、下着、水などを中心とする支援物資をトラックに積み込む作業を行い、我々はバスで福島に向かいました。

本日の参加者は、亀岡偉民、松本文明、萩生田光一、木原誠二、山際大志郎、牧原秀樹、秋元司、大西英男、私の9名です。


(党本部での出発式にて。参加メンバーと見送りの皆様とともに記念撮影。)

 

東北自動車道は、那須高原を過ぎたころから、路面の歪みで揺れが大きくなります。

最初の避難所である新地町の小学校に到着したのは、夜8時過ぎでした。


(雪の中、皆でリレーで支援物資を下ろしました。)

支援物資をおろし、その後、被災者の皆さんがいらっしゃる体育館に伺いました。

現在約350人の方がいらっしゃいますが、皆さん、家を失った方々だそうです。

お会いした女性の方からは、「町内の3カ所の避難所に4地域の皆さんがバラバラになっており、できれば地区ごとにまとまった方がよいのですが」というご意見がありました。

また、新地町の漁師の皆さんは津波から船を守るために、海に向かい、ほとんどの舟が助かったそうです。多くの津波を経験したことが、活かされているのですね。

新地町は、これまでにも度々津波の被害にみまわれてきたため、避難も迅速で、町民約8000人の内、亡くなったのは40名とのことです。


(皆さん、私たちを温かく迎えてくださいました。)

 

次に伺ったのは、相馬市の避難所ふれあい福祉センターはまなす館です。482人の方が避難されているそうです。

ここでも支援物資を下ろしたあと、避難されている皆様とお会いしました。

小学生の子供さんに話を聞いたところ、終業式、卒業式、入学式、始業式は全て中止、いつ学校が再開するかは分からないそうです。


(子どもたちは元気そうでしたが、学校がどうなるのかわからないのは困りますね。)

 

次に相馬市役所をお訪ねし、市長からお話を伺いました。

3/11に地震があった時に、すぐ対策会議を開き、それを受けて消防団員の皆さんが中心になって避難を呼び掛けたことにより、市民の85%が避難できたそうです。しかし、そのため、すでに7人の消防団の方が行方不明となり、そのうち5人が遺体で見つかったそうです。残る2人は団長と副団長で、海の中に沈んでいる消防車のなかにいると推測されていますが、引き上げられないそうです。

物資は、県庁からはなかなか届かず、市長仲間に頼んで送ってもらい、しのいできたそうです。


(市長は、「放射線影響などが悪化しない限り、地域にとどまって再建を目指す」と話されていました。)

 

その後、23時に亀岡偉民事務局におじゃまし、本日炊き出しで作ったおいしいカレーライスをご馳走になり、0時過ぎに宿に到着しました。

明日は、南相馬市で、捜索活動を行う予定です。

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